ご飯の時間になったというのに、いくら呼んでもサンドは姿を現さない。彼専用のベッドは空だし、お気に入りのおもちゃは放り投げられたまま。つけっぱなしのテレビを見ている様子もない。となれば、思い当たる場所はひとつ。私は自室へと向かった。案の定ドアが半開きになっている。そっと足を踏み入れて様子を伺うも、どこにも彼の影は無い。でも大丈夫。
部屋の奥に配置してあるベッドへ近寄り、敷かれたラグの上にうつ伏せる。薄暗い空間に目を凝らすと、私の予想通りサンドはそこにいた。身体をまん丸にした姿で。
「サンド、ご飯だよ」
呼びかけても顔を出してくれない。
眠っているわけではないのだ。寝る時、サンドはいつも仰向けになってお腹を出して、安心しきった寝相を見せてくれる。こうして身体を丸めるのは身の危険を感じた時、そして——これは私のサンドだけかもしれないけれど——落ち込んでいる時だ。
「お腹空いたでしょ? デザートにポフレも用意してるの」
普段であれば飛び跳ねて喜ぶであろう「デザート」の言葉にもサンドは反応を示さない。その代わり、正直な腹の虫が鳴いて返事をした。うんうん、そうでしょうね。だってお昼ご飯を食べてバトルをしに行ってから、おやつも食べてないんだから。空腹でないわけがない。
私は腕を伸ばし、その丸まった背中を撫でる。どんな攻撃でも跳ね返すと評される固い皮膚。防御力の高さはサンドの長所であり、誇りだ。しかし今日のバトルでそれを打ち破られてしまったからこそ、彼はひどく落ち込んでいるのだ。
目が合ったトレーナーと手当たり次第にバトルすること4戦目、調子が出てきたところで私たちに挑んできたトレーナー。その人はサイドンをパートナーにしていた。サイドン相手ならタイプ相性で上手を取れる。私もサンドもそう慢心していたのが敗因だった。
そのサイドンはなんとなみのりを繰り出してきて、防御をする間もなくサンドは一撃で沈められてしまったのだ。サイドンがわざマシンでなみのりをおぼえられるだなんて知らなかった。目を回しているサンドの濡れた身体を拭いてあげながら、私は自分の不勉強を悔いたのだった。
「サンド、大丈夫だよ」
まだ反応はない。撫でる手を止めると皮膚越しに、呼吸をしている穏やかなリズムが伝わってくるのが分かった。
「次、あのサイドンになみのりを使われてもびくともしないくらい、一緒にもっと強くなろうね」
辛抱強く見守っていると、頑なに丸まっていた身体が少しずつ解けて、爪の生えた可愛い手足が覗く。もう大丈夫だろうか。私が立ち上がるとサンドはベッドの下からのそのそと出てきた。まだ耳はぺたりと寝ていて、立ち直れきれていないことが伺える。それでもいいよ。
「おいで」と手招きすれば、サンドは大きな藍色の瞳を潤ませ「きゅうう……」とか細く鳴きながら私の足に抱きついてきた。抱っこしてほしい、の合図だ。
ご要望に応えて抱き上げれば、短い腕が私の首元に縋りつく。大丈夫、大丈夫。あやすように背中をぽんぽんと叩くと、耳元で聞こえる鳴き声にやがて嬉しそうな色が混ざってくる。微笑ましさに自然と口元が緩むのが分かった。
「いつかあのトレーナーとサイドンにリベンジしようね」
サンドを鍛えるだけじゃだめだ。私もこの子に悔しい思いをさせないために、もっとバトルの知識をつけなくては。そう強く意気込むとサンドもきりりと表情を引き締めてくれた——ところで、ふたりのお腹が鳴った。
「……なにはともあれ、まずはご飯を食べなくちゃね」
そう言って、腕の中のサンドと顔を見合わせて笑った。
まるくなる
20250831