熱を紡ぐきみの手で
 日が傾きかけ、東の空は紺色に染まり始めている。どこかから夕飯のにおいが漂い出すこの時間に、私はパートナーであるバシャーモと街を歩いていた。
 師も走り回るほど忙しい月こと師走。世間は年末に向けて慌ただしく動いている。けれど年を越すまでにまだ大きな行事が残っているのだ。
 すっかり葉を散らした街路樹には電飾が巻きつけられて、目に眩しいほどちかちかと瞬いている。大人になるとどうしても季節の行事に関心が無くなりがちだけれど、街角の景色の変化が思い出させてくれるものだ。こぞって飾られ出すイルミネーションに、ケーキの予約を促すCM、それからショッピングモールに飾られるツリー。どんなに鈍感な人でもクリスマスを意識するはずだ。

 それにしても冷える。ふわふわのスヌードに埋めた鼻は赤くなっているかもしれない。いくら着込んでも服の隙間に冷たい風を感じてしまうのは何故なのだろう。北風がひゅうと吹いてきて、思わず縮こまってしまった。
 そんな軟弱な私を隣のバシャーモが心配げにじっと見つめてくる。冬麗の空よりも澄んだ瞳にイルミネーションの光が反射して美しい。

「……大丈夫。ちょっと寒いだけだよ」

 そう言って、寒さを堪えるために歯を食いしばってばかりだった口元を緩めてみせた。私のバシャーモは寡黙で、表情もそれほど豊かではないけれど、長年一緒にいるおかげか何を考えているのか手に取るように分かる。体内で炎を生成し飼い慣らす彼と比べて、微々たる代謝熱を服によって保温するしかできない人間である私のことを心配してくれているのだ。それからおそらく、そんなに寒いのなら無理をして外出しなくても……と考えているのだろう。しかしもちろん私だって、こんなに寒風の吹く中、無為に外出しているわけではない。確固とした目的があるのだ。

「ほら、ここに来たかったの」

 手袋に包まれた私の指が差す方向を、バシャーモは素直に視線で辿る。それから珍しく少し驚いたように目を見張った。
 あたたかな色の電飾でデコレーションされた屋台が円を描くように軒を連ねている。真ん中の広場には大きなクリスマスツリーが設置されていて、あらゆるオーナメントで賑やかになっていた。入り口となるアーチ型の門に掲げられた、オドシシとメブキジカが引くソリに乗ったデリバードのイラストが載った看板には、筆記体で“Christmas Market”と書かれている。
 クリスマスマーケット。いつか行ってみたいと思っていた。足を踏み入れずとも分かるほど浮き立った空気に胸がわくわくする。

「入ろう。あ、混んでるからはぐれないようにしなくちゃね」

 腕を組んでみせればバシャーモはわずかに瞼を伏せ、照れくさそうな顔をした。彼の手にはするどいツメが生えているから繋げないので、はぐれないようにするにはこれが最適解なのだ。それを分かっているのと満更でもないのとで、バシャーモが腕を振り払うことはない。私の歩幅に合わせてくれる長躯の彼を愛おしく思いつつ、入り口の門をくぐった。
 ざわめきの輪の中に加われば、そこかしこに咲く笑顔につられて幸せな心地になる。この場にいるのはみんな知らない人だけれど、誰も彼もがクリスマスを楽しみにしている気持ちは同じなのだと思うとなんだか不思議だ。さっきまで燻っていた夕日が沈んで夜の帳が下りた街を、人々の談笑する声とイルミネーションの光が優しく包み込んでいる。

「うちのツリーに飾るオーナメントがいくつか欲しいんだよね」

 私たちのそばを駆けていくエネコと女の子にぶつからないよう避けるバシャーモの腕を引いて、オーナメントのお店に足を向けた。
 店先に並んだいくつかの小さなツリーには、サンプルがわりなのであろう商品のオーナメントがぶら下がっている。モンスターボールを模したもの——精巧に似せてあるけれど、違うところがあるとすれば質感がマットになっているおかげで高級感に溢れているところだろうか? それから銀のラメがまぶされた雪の結晶、本物と見紛うほどおいしそうなキャンディケイン。どれも素敵だけど、私が惹かれたものはポケモンがモチーフのオーナメントだ。

「見て見て、これ! かわいいね」

 澄ました表情でプレゼントの入った袋を担ぐキモリと、サンタ帽を被ってニコニコのミズゴロウ。そして赤いケープをまとってあたたかそうな顔のアチャモ。なんてかわいいんだろう。バシャーモも興味深そうにオーナメントをまじまじと見つめている。

「どれもかわいいから、3つとも買っちゃおう」

 ひとつだけ選ぶだなんてそんなことはできない。3匹とも一緒に飾ってあげるんだ。クオリティが高いからお値段も相応だけど、これは良い買い物でしょう?
 私の言葉にバシャーモはやわらかく目を細めて、ツリーにぶら下がるアチャモのオーナメントを爪の先でつんとつついた。ゆらゆら揺れるアチャモはやっぱり幸せそうな表情をしている。

 そのほかの購入したオーナメントとともに、アチャモたちは紙袋の中へと詰められた。家に帰ったら飾るのが楽しみだ。今にもスキップしそうなくらい上機嫌な私を見つめるバシャーモの眼差しも優しい。
 オーナメントだけではなく、まだいろいろと見てみたい。気になるお店はないかとあたりを見回すとスノードームと書かれた看板が目についた。看板には雪だるまと、その横で得意げにする2匹のタマザラシが描かれている。雪だるまの真似っこをしているのか、1匹がもう片方の上に乗っかっていた。
 お店は大盛況のようで、たくさんの人でごった返しているのが外からでも分かる。そこまで魅力のあるスノードーム、気にならないわけがない。私は提案しようとバシャーモを見上げた。

「ねえ! あっちにはスノードームのお店が——」

 そこまで言ったところで、大きなくしゃみが出た。いくら場の雰囲気に飲まれていたとしても身体には関係なく、どうしたって寒いものは寒いのだ。緩んでいたバシャーモの表情がきゅっと引き締まる。これは、まずい。
 あははと誤魔化すように笑った私の声は白く染まって、濃紺の空に溶けていった。けれどバシャーモは誤魔化されてくれず、腕を引っ張ろうにも彼は地に根を生やしたかのごとく、てこでも動かない。
 このままでは風邪を引くからダメだと言いたいのだろう。分かっている。私だって、年末で仕事も立て込む今の時期に体調を崩すだなんてことは避けたい。咄嗟にスノードームのお店と逆の方向にあるお店へと視線を向けた。そのお店から出てくる人たちは皆、湯気の湧き立つカップを手にしている。あと少しだけ滞在時間を伸ばせて、バシャーモを納得させることのできるものはこれしかない。

「……こっちのお店ではホットワインが売っているんだって」

 それを飲んでから帰るならいい? と尋ねたら、バシャーモはむっつりした顔のまま頷いた。頑固な奴め。でも、それも私のことを思っての行動だと思うと口元が綻ぶ。

「まあ……まだクリスマスマーケットは終わらないし、いっか」

 クリスマスが終わるまでにまた来ればいいだけだ。もし今年がダメでも来年がある。私の呟いた声は喧騒に溶けていった。焔を閉じ込めた緋色の身体に寄り添えば衣服越しにもあたたかさを感じる。
 この程度の寒さなどものともしないポケモンのバシャーモが人間である私の基準を知り、考え、気遣ってくれること。これが愛でなければ何を愛と呼ぶのだろうか? 私は知らないし、きっと知ることもない。
今の私は、紙袋の中で眠っているあのオーナメントのアチャモみたいに幸せそうな表情をしているのだろうな。

「ホットワインを飲んで、帰ったらお風呂に入って、晩御飯を食べて……それからクリスマスツリーを飾らなきゃ」

 てっぺんの星を飾る係は今年もバシャーモだからね。
そう告げるとバシャーモは「任せておけ」と言うように得意げに笑ってくれた。寡黙な彼らしく、野花がそっと咲くようにささやかなのに、どうしてだかイルミネーションの光に劣らないほど鮮烈に瞼へ焼きつく笑みだった。


熱を紡ぐきみの手で
20241214