きみの瞳に光あれ
 類は友を呼ぶ、ってことわざは本当だと思う。
 あたしがとつるむようになったのだって、何かのタイミングで家庭の事情というやつが似通っていることを知ったのがきっかけだった。うちは大家族で家計に余裕が無く、ん家は父親がロクデナシなんだとか。職を転々としているせいで収入が安定していなくて、母親のパート代でギリギリの生活をしてると言っていた。それでもアイドルになりたいと言った娘の夢を応援するため、祖父母と母親がお金をかき集めて入学させてくれたらしい。
 高等部に進学してからはアルバイトができるようになったけれど、中等部の頃は家からの仕送りが頼りだ。そしてその額は実家の太さに左右される。あたしとは自由に使えるお金が少ないことをこっそりと嘆いたり、いつか成り上がる夢を語り合った。あたしたちは同級生が新しい服やアクセサリー、ゲームを買ってもらったと楽しそうにはしゃぐのを、指をくわえて見ているしかできない。初星学園はその性質上、比較的裕福な子が多いのだ。家が貧乏なのだと気軽に口に出すなんてできっこない。同じ場所で生きているのに、まるであたしには手が届かない世界にいるみたいだ。その、得体の知れない恥ずかしさと悔しさの入り混じった気持ちを吐き出せるのが、だった。にとってのあたしもそうだったと思う。

「私、高等部には進学しないことにしたの」

 一発逆転を夢にレッスンへ励む日々。だけれど中等部3年生の晩秋、まるで今日の献立を話題に出すような気軽さではあたしにそう打ち明けたのだ。
 なんで? あたしと一緒に成り上がってやるんだってあんた言ってたじゃんって、そう思わなかったわけじゃない。でも、学費がどのくらい家計に負担をかけているのか、あたしはよく知っている。のやる気いかんの話ではないのだ。経済的な限界が来てしまっただけ。子どもにはどうしようもできない次元の問題。

「お父さんがまた勝手に仕事辞めちゃってね、今は不況だし新しい働き口がなかなか見つからなくて。お母さんもパートかけ持ちしてるけど、やっぱり厳しくってさ」

 ねえ、あんた何でもない風を装ってるけどさ、あたしに打ち明けるためにどれだけ勇気が必要だったか分かってるよ。きっとはあたしとの約束破ることになって申し訳ないとか思って、ずっとひとりで悩んでたんだろ。

「ことね、そんな顔しないでよ」

 いろんな感情が湧き上がって言葉が出てこないあたしの顔は本当にひどかったんだろう。いつのまにか握り拳を作っていたあたしの手をそっと包み込んで、は苦笑いを浮かべた。

「私の分まで、とかプレッシャーかけること言わないからさ。きっとトップアイドルになってね」

「……十分プレッシャーだっつーの、ばーか」

 時間は無情だ。
 それから春が来るまではあっという間だった。大荷物を抱えて寮を出ていくを、あたしは駅まで見送った。「トップアイドルになってね」ってあの日と同じセリフを残して、は最後まであたしに涙を見せなかった。お前、アイドル無理でも女優目指せばいけるんじゃねーの? なんて、憎まれ口も出てこない。その夜、あたしは声を押し殺して泣いた。の分までやってやるんだって、強く決意した。

 ——けれども、現実はそううまくはいかない。高等部に進学してからはバイトを複数かけ持ちして常時寝不足、そのせいでレッスンもまともにこなせず成績は底辺をさまよい、アイドルとしての仕事もすっからかん。でも学費や寮費の支払い、実家への仕送りをするためにはバイトを続ける以外に術は無くて、このループから抜け出せない。そんな生活を繰り返していたあたしは、とうとう来年の学費が危ぶまれるまでになってしまった。もがいてもがいて、もがきまくってきたけどここまでみたいだ。どうすればこの窮地を脱することができるかなんて、それこそすべてを覆せるような救いの手が無ければ……。バイトでくたくたの身体を布団に横たえて、増えては減っての自転車操業な通帳の金額を眺めながら、あの時のもこんな気持ちだったのかな、なんて考えた。
 その直後だ、プロデューサーと出会ったのは。プロデューサーこそがあたしの探し求めた“すべてを覆せる救いの手”だったのだ。


◇◇◇


 きらきらのスポットライト。ファンたちの笑顔と一体感のあふれるコール。瞼に焼きつく黄色いサイリウムの光。とびきり可愛い衣装、とびきり可愛い曲、そしてとびきり可愛いあたし。いつか夢見た理想のアイドルにどんどん近づいてきていると思う。
 プロデューサーにスカウトされてから、すべての悩みが瞬く間に解決した。嘘なんじゃないかと今でも思うことがある。けれどテレビに映る自分の姿や通帳に刻まれる金額を見るたび、ああ現実なんだと噛みしめるのだ。

 すっかり日が暮れた街には明かりがきらめいて、先ほどまでステージで見ていた光景を思い出させた。まだ胸の奥が熱い気がする。足取りが何度も練習したステップをなぞるように跳ねた。

「あのー、藤田ことねさんですよね?」

 ぴたり、足が止まる。街中を歩いていてこういう風に話しかけられることが増えたのも、自分がブレイクし始めているという証拠なのだろう。ファンならカワイイ笑顔を浮かべて神対応してあげたいところだけど。

「少しお話いいですか?」

 この口振りはファンじゃなくてマスコミかも? 取材されるのはやぶさかではないけどアポ無しで突撃してくるなんて怪しい。ちょっと待って、あたし変なタレコミとかされてないよね? 敵は作らないよう生きてきたつもりだけど、それはあくまであたし視点の話。逆恨みとかやっかみとか思いもよらない企みとか、動機はいくらだって考えられる。一瞬イヤな寒気が走った。でももしゴシップ誌にデタラメ記事が書かれてたとしたら、プロデューサーが真っ先に気づいて断固抗議してそうだし。声をかけられてから返事をするまでの一拍、頭の中でいろんな考えがよぎった。
 どちらにせよ今は確認のしようも無い。とりあえず、こういう時に口にしろとプロデューサーから言われていた決まり文句をあたしは唇に乗せる。

「すいませ〜ん……。そーゆーのはプロデューサーを通してもらっていいですかぁ?」

「やだ、ことねってば友達の声も忘れちゃったの? まだ卒業してからそんな経ってないのに、寂しいなー」

 あたしの左から声をかけている、女の人。ネイビーのスニーカーを履いているその足から辿るようにして視線を上げた。あたしより少し背の高い位置にある顔は、よーく見慣れた面立ちをしている。

「……?」

「なーんだ、ちゃんと憶えてるじゃん」

「ふ、ふざけんな! あたしがあんたのこと、忘れるわけないっての……」

 これもしかして夢? 幻? まさかのドッキリだったりする? 変な仕事ばっか取ってきたプロデューサーのことだから、あり得なくもないけど……。それでも良いと思ってしまった。
 また会えてめちゃめちゃ嬉しいとか、なんで連絡くれなかったんだよって怒りとか、あたしも連絡しなかったのに来てくれたんだって申し訳なさとか。たくさんの感情が一度に押し寄せてきて、喉で言葉がつっかえてしまう。

「……とりあえず、どっか寄る?」

「ううん。ことねは今日ライブだったから疲れてるでしょ。寮の近くに着くまでおしゃべりさせてもらえたら十分」

「あ、そ……。つか、ライブあったの知ってたんだ」

「うん。観に行ったからね」

「は!?」

 思わず素っ頓狂な声を出すあたしを見て、はイタズラが成功した時のチビどもみたいに笑った。
 なんか、懐かしいな。が先ほど言っていたように、彼女が中等部卒業と同時に学園を去ってからそんなに経っていないのに、遠い昔のことのように感じてしまう。それは今日までの数ヶ月にいろいろなことがありすぎたせい、なのだろうか。

「言ってくれりゃ、チケットくらい渡したのに……」

「そういうわけにもいかないじゃん? 私はもう関係者じゃないし。それに、自分で取ったチケットでことねのライブ行きたかったの」

「……ふーん」

「あ、そうそう。聞いてよ、私の近況!」

 繁華街の看板の光で逆光になっていても、が笑顔を浮かべているのがよく分かった。
 卒業してからのことをはひとつずつ話してくれた。事の重大さにようやく気づいた父親が心を入れ替えて働き出したこと。父親の収入が安定したから母親もパートの掛け持ちを減らせて、一緒に過ごす時間が増えたこと。進学した高校でもアルバイト先でもいい人たちに恵まれていること。生活費に余裕ができた分、塾に通えていること。
 きっとフツーの家に生まれた人にとっては当たり前のこと。でもにとってはこれまでにないくらい順風満帆なのだ。

「学園を辞めてなかったらまだアイドルできてたのかなーって思わなくもないけど、今も今で楽しいし充実してるんだ」

「よかったじゃん。のお母さんほぼ一日中働いてたし、身体壊すんじゃないかって心配だったから安心したわ」

「ありがと。お母さんはおかげさまで超健康だよ」

 学園を辞めたことで家庭環境が好転したという事実に対して、少し複雑な気持ちではあるけれど。でもが幸せならそれでいい。叶えられるかも分からないあたしとの約束より、堅実で安定した人生の方が安心して生きていけるし。
 差し掛かった横断歩道では信号が点滅し始めたところだった。少しでも長く話していたいという気持ちから、慌てて渡ることはせず待つことにした。アスファルトに反射する光がやがて赤に変わり、目の前の道路を車が通り過ぎていく。

「でも、私ずっとことねに謝りたかった。約束守れなくてごめんね」

 ふとの方を向くも、風に揺れる髪で隠れて表情は見えなかった。
 あたしはなんで答えるのが正解なんだろう。肯定も否定もを傷つけてしまう気がして、たくさんの言葉が頭の中をぐるぐると回る。でも——はもっと怖いはずだ。あたしに学園を辞めると打ち明けた時も、今この時も。不可抗力によって破らざるを得なかった約束をずっと背負い続けている。だからあたしも真摯に向き合うべきだろう。心からの、嘘偽りない素直な言葉で。

「謝んなって、のせいじゃないんだし。……って言ったところで、お前はずーっと気にし続けるんだろうけど」

「気にもするよ。私、本気でことねと一緒にトップアイドルになりたかったもん」

 そんなことはあたしが一番知っている。はレッスンや勉強の手を抜いたことなんて一度も無かった。お遊びでアイドルを目指せるほど裕福でなかったから——というだけではなく、あたしとの未来を信じてくれていたから。いつも一緒に居たから分かってる。
 じゃあ、あたしがに与えられる“許し”は何だろう? 裏切られたと憤っているわけでもないのに許すだなんて変な話だけど。はそれを求めている。なら、あたしが言えることは。

「どーしても申し訳ないって言うんならさあ……あたしがいつかおばあちゃんになってアイドル引退するまで、責任持ってずーっとファンでいてくんない?」

「……そんなの、当たり前だよ」

「ちゃーんとCD複数枚買って、ライブも毎回参戦しろよ?」

「それは鬼すぎ」

 返事をしたの声は少し震えていた。
 車が白線の内側で緩やかに止まると、数秒ののち信号が青に変わる。あたしはおどけての腕にぎゅっと抱きつく。

「やだぁ、ちゃんったらあたしの優しさにカンゲキしちゃったのかナ〜?」

「あーあ、しんみりした空気が台無し」

 わざとの腕に体重をかけてやれば、お返しとばかりに頭をくしゃくしゃに撫でられる。中等部の頃のようなやり取り。朗らかに笑うの目に涙は滲んでいない。
 寮へ着くまで今度はあたしが近況報告をする番になった。外部から新しく進学してきた生徒のことや、担当プロデューサーが物好きな奴だって話。そしてその人のおかげで今のあたしがあるということ。は心底楽しげにあたしの話を聞いてくれていた。
 おしゃべりに興じていると、どんなに亀の歩みでも寮まであっという間だ。まだまだ話していたいところだけれど門限は1分たりとも待ってくれない。

「今日、ことねに会えてよかった」

「……ん」

「連絡するから、ことねがオフの日にでもどっか遊びに行こうね。何ならうちに来てもいいし。あと最近忙しくしてるみたいだから、体調には気をつけて。ちゃんと睡眠時間は確保して……」

「おいおい、お前あたしのこと好きすぎだろ」

 まるで実家のお母さんみたいだ。あれやこれやと心配してもらえるのは悪い気はしないけど、あたしもに同じ言葉を返したい。バイトして塾にも通っているみたいだし、もちろん無理しないようにセーブしているだろうけど、はつい頑張りすぎてしまうところがあるから……。なんて、あたしも人のことを言えないかもしれない。

「うん。私、プロデューサーさんに妬いちゃうくらいにはことねが好きだよ」

「はい?」

「あ、そろそろ門限だよ。怒られないように気をつけて。じゃあ、またね」

 呆気に取られるあたしを置いて、は手を振り駆けて行った。足音が聞こえなくなっても街灯の白い光の下、赤く染まったほっぺたと星を散りばめたように輝く瞳がまだ瞼に残っている。
 しばらく立ち尽くしたあたしは門限のことを思い出し、慌てて寮へと駆け込んだ。とりあえず部屋に戻ったら電話して、さっきの言葉をもう一回聞かせてもらわないと。せっかくの告白が不意打ちの一度きりだなんて納得いかないもんね。


きみの瞳に光あれ
20240810 Twitter投稿

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