——厳正なる抽選の結果、チケットをご用意できました。詳細は下記よりご覧ください。なお、支払期限までにお手続きいただけなかった場合、当選は無効になります。
忙しさにかまけて確認を疎かにしていた私用携帯のメールボックスを開いたら、一通だけ見慣れないアドレスから受信していたものだから。山のように溜まったメルマガをそっちのけでそのメールを開いた時、思わずスマホを落としそうになった。嬉しさが半分、戸惑う気持ちが半分。自分の手で申し込んだというのにおかしな話だ。複雑な思いを溜め息にして吐き出し、ベッドにごろりと寝転がった。必然的に視界に入った学習机の上、一枚だけ飾られたCDジャケットに映る女の子と目が合って、反射的に視線を逸らす。ライブ先行抽選の申し込み券付きCD。一口だけしか応募してなかったから、まさか当たるなんて思ってなかった。……嘘、本当は少しだけ期待していた。姫崎莉波のファーストソロライブに行けるかも、って。
私と莉波はかつて同じユニットで活動していた。莉波には入学した頃から仲良くしてもらっていて、一時期は同じクラスのくせに休み時間ごとに手紙交換なんかしていた。思い返せば笑ってばかりいた気がする。
しかし楽しいことばかりだった学校生活に対して、仕事は順風満帆とはいかなかった。莉波はずっと自分の立ち位置やキャラ付けに悩んでいた。ユニットのコンセプトやプロデューサーの意向と、彼女の美点が合わなかったせいのだと今なら分かる。それでも莉波は最大限の努力していた。していたけれど、噛み合わない歯車は空回りするばかりで。とうとうプロデューサーは莉波をユニットから脱退させると宣言した。理由は人気が低いからだと。
デビューからずっと一緒に頑張ってきたのに、初めてライブが成功した時にはみんなで泣きながら抱き合ったのに。どうしてそんなに簡単に切り捨てることができるの? 「寂しいけど、まあ仕方ないよね」なんて、すんなり聞き入れるメンバーのことも信じられなかった。私だってアイドルはやる気だけで続けられるものではないと分かっている。ボランティアではないのだから、人気が低ければ……仕事が来なかったり利益が出せなければステージから下ろされてしまうことは承知の上だ。それでも気持ちがついていかない。それなのに莉波の脱退は予定調和のごとく、卒業ライブのスケジュールまで簡単に決まった。なぜなら莉波が脱退に異議を唱えることなく受け入れたから。
どうして諦めちゃうの? と私の中に疑問が浮かび——そしてその問いを莉波に投げかけるのはあまりにも残酷なことだと気づき、飲み込んだ。莉波の頑張りはよく知っている。それでも上手くいかなかったのにもっと努力しよう、苦しくても進もう、なんて無邪気で浅慮な言葉を言う資格が誰にあるというのだろう。
卒業ライブをつつがなく終えた莉波は、寂しそうではあったけれどどこか安堵しているようにも見えた。このユニットは莉波の拠り所であり、それでいて足枷でもあったのだろう。
「私はユニットを抜けちゃうけど……ちゃんのこと、これからも応援してるからね」
「……私も、莉波のことずっと応援してる」
下手な別れの言葉。気の利いたことなど言えなかった。
その日から私たちは疎遠になった。私の顔を見たら、莉波はユニットで苦しんでいた時や脱退を言い渡された時の嫌な記憶を思い起こしてしまうかもしれない。そう思うと話しかけるどころか鉢合わせることすら避けようとしてしまって。つまるところ私から縁を切ったようなものだ。莉波からも関わってくることはなかったから、音もなく、ひっそりと繋がりは途絶えた。
それなのにCDを買ってライブのチケットまで取っているのはどういう了見なのか。私自身おかしいと思う。自分から避けたくせに、遠ざけたくせに。私はまだ莉波から目を離せないでいる。
数週間後。どうしても外せない用事があるのだとプロデューサーに頭を下げ、オフをもぎ取ってついに来てしまった。莉波のファーストソロライブ。会場の付近はたくさんの人で賑わっている。キャップを目深に被り、マスクもしているから大丈夫だとは思うけれど。騒ぎになることだけは避けたい。元ユニットメンバーのライブに参戦しているなんて知られたらゴシップ誌の餌食だ。面白おかしくあることないこと書かれて、私と莉波の間には深い溝ができることだろう。……それが無くてもすでに手遅れかもしれないけれど。
周りに警戒しつつスタッフさんへ電子チケットを提示し、会場へ入る。そのまま席へ向かおうとして——足を止めた。バッグから手紙を取り出し、「姫崎莉波へのファンレター・プレゼントはこちらへ」と貼り紙がされた段ボールにそっと入れる。元気な莉波の姿が見られるだけでいいと思っていたのに、我ながら本当に未練がましい。かつてのユニットメンバーにコンタクトを取られるなんて迷惑だろうから、名前は明かさずにファンレターを書いた。内容は当たり障りのないものだから莉波に気づかれはしないはず。
席に着いてしまえばこっちのものだ。水をひと口飲んでほっと息を吐く。あと十数分後には莉波のライブが始まるんだ。
莉波が講堂ライブを開催した日、私は仕事が入っていて見られなかったから、今回が観客として見る初めてのライブになる。翌日に「莉波ちゃんのライブ良かったよね」とクラスメイトたちが話しているのを聞いたから、きっと卒業ライブの時とは比べ物にならないくらい成長しているのだろう。事実、新たなプロデューサーが付くなり莉波は頭角を表しているとの噂はかねがね聞いていた。もしもユニットのプロデューサーがその人だったら、私たちは同じ夢を見続けていられたのかな。
感傷に浸っているうちに開演前のアナウンスが鳴り響いた。ファンたちが沸き立つ。私も心臓の鼓動が速くなる。ひとつ、またひとつと明かりを灯すサイリウムを横目に固唾を飲んだ。
ライブが始まる。
◇◇◇
それは夢のような時間だった。
ピンクとパープルのサイリウムが揺れる。会場が熱気で満たされる。ファンたちの歓声がお腹に響く。「莉波ちゃーん!」「ありがとー!」感極まったのか口々に彼女へ呼びかける上擦った声。パフォーマンスに全力を出し切った莉波は額に玉のような汗を浮かべ、紅潮した頬のまま可憐に微笑む。「ありがとうございました!」その言葉に喝采はさらに大きくなった。
無言で棒立ちしているのなんて、きっとこの会場に居る人間の中で私だけだろう。方々に手を振りながら舞台裏へと戻る莉波の後ろ姿を、私はただ見ていた。どれほど能力を伸ばし、元からある魅力を磨いたのかよく理解できた。当然だけれど、もうあの頃の莉波とは違うのだ。彼女の持ち味は最大限に活かされ、それでいて本人も楽しそうで。自分のキャラに迷ったり悩んでばかりいたのが嘘のようだった。愛くるしい笑顔のきらめきが、美しい身のこなしが、優しい歌声が鮮烈に焼きついて消えない。誰もが認めるアイドルがそこにいた。
興奮冷めやらぬファンの波に揉まれながら、私はまだ夢を見ているような心地でライブ会場を後にした。すっかり日は暮れて、空には僅かながら星が瞬いている。汗に濡れた首筋をくすぐる風が冷たい。駅までの道すがら、街頭に設置された大型ビジョンでは莉波の新曲のCMが流れていた。ふうん、次はちょっとダークな曲なんだ。信号待ちのあいだそれを眺めていると、次に私のユニットのCMが流れて口元が引きつった。少しは順番考えろよ。ノンデリか? ……なんて、もはや気にしているのは私だけなのかもしれない。莉波がユニットに所属していたのは過去のこと。彼女はひとりでも輝いて、たくさんの人に愛されている。素敵なことだ。「莉波をずっと応援している」という私の言葉は嘘ではない。莉波が最も輝ける場所を手に入れられたことが本当に嬉しい。
でもその場所が私の隣にあったらよかったのにな、なんて、意味の無い空想が浮かんでしまう。バカだね、そうじゃなかったから莉波はユニットから抜けたのに。
信号が青に変わる。男性アイドルが宣伝する香水のCMが終わると再び流れ出した莉波のCMから目を逸らして、寮までの帰路に就いた。
◇◇◇
「改めまして、先日のライブお疲れ様でした。講堂ライブの時よりもさらに成長を実感できるパフォーマンスでしたね」
「本当? 私も手応え感じてたんだ。きみにもそう言ってもらえて、よかった」
「今週はライブの疲労を取りつつ、軽めのトレーニングをしていきましょう。……それと、こちらが姫崎さんあてに届いたファンレターとプレゼントです」
プロデューサーくんはそばにある三つの段ボールを手で指し示した。プレゼントの大小とファンレターで分けてくれたらしい。それぞれの段ボールはカラフルなラッピングのプレゼントや、可愛い柄の封筒であふれかえっている。ライブの時にも思ったけれど、なんだか夢みたいだな。こんなふうにたくさんの人が私のファンでいてくれているなんて。
「中身のチェックは済んでいますので、目を通してもいいですよ」
「ありがとう。ふふ、嬉しいなあ……」
プレゼントのひとつひとつを手に取って眺める。みんなからの気持ちが愛しくて、胸の奥があたたかくなるみたい。ひとりひとり、面と向かって感謝の言葉を伝えられたらいいのに。けれどそれは難しいから、私は最高のパフォーマンスを見せることでお返ししていこう。
うきうきしながらファンレターを整理していた時のことだった。ふと、淡いピンクの花柄の可愛い封筒に目が留まる。“姫崎莉波さまへ”と書かれた少し丸い字。その字には見覚えがある。まさか、まさかね。頭の中に浮かんだ人物を振り払おうとして、けれど裏腹にそうであってほしいという期待をも抱いたまま、震える手で封筒を手繰り寄せた。ハートのシールをゆっくり剥がして、便箋を取り出す。
——前のユニットに所属されていた時からファンでした。またあなたの輝いている姿を見ることができるなんて夢のようです。これからもずっと応援しています。
あの子……ちゃんでなければ知り得ない情報が書いてあったなんてこともなく、どこを探しても差出人の名前は無かった。やっぱり、字が似ているだけの別人なのかな。膨らんでいた期待がしぼんでいくのと同時に、もしかしてと思ってしまったこと自体が愚かだという後悔が湧いてくる。ちゃんはユニットに加えて、最近ソロでも活動し始めたらしい。もともと売れっ子だったのにもっと忙しいだろう。だからちゃんが私のライブに来たなんてことはあり得ないのに。
「姫崎さん、どうされました?」
プロデューサーくんに名前を呼ばれて、ぼんやりしていたことに気づく。「手紙に嫌な言葉でも書かれていましたか? もしやチェック漏れしていたとか……」たちまち困り顔になる彼に慌てて首を横に振った。
「ううん、違うの。友達の字に似てたから、ちょっと気になっちゃって……」
封筒の裏に書かれた私の名前を指先でそっとなぞる。たぶん、人違いね。だけどこの字を見ると思い出してしまう。一年生の頃、休み時間が来るとちゃんがお手紙を書いてくれて。中身は「ダンスのトレーナー超きびしい!」とか「歌いすぎて喉ガラガラ!」とか、なんてことない話題ばかりで。でも本当に楽しかった。座学の合間にお返事を考えている時はわくわくして……。
あれが途絶えてしまったのは私がユニットを脱退してからだ。お手紙だけじゃない、ちゃんとの関わりも。私がいなくなっても輝きの翳らないちゃんのことを学園でも、テレビでも見ていた。羨ましさと寂しさに押し潰されそうになりながら、いつからかまたちゃんと同じステージに立てるようになりたいという夢が芽生えたのだ。
そう、落ち込んでる場合じゃない。便箋を封筒に戻して机の上に置いた。プロデューサーくんの手腕で盛り立ててもらっているとはいえ、まだまだ私は発展途上だ。もっと努力を重ねなければちゃんの視界には入れない。より高みを目指していかなければ。
だから、もう少しだけ待っていてね。いつか同じステージで歌える日を夢見て、私は明日も一歩ずつ進んでいくから。
同じ夢が見たい
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