錦上添花の愛情で
 すっかり春めいた日差しが心地よい昼下がり。はリビングにて日課であるプリンのブラッシングをしていた。がこまめに手入れをしているおかげで、プリンの毛並みはビロードのような手触りだ。プリンもブラッシングが心地よいのか目を閉じてリラックスしていて、ともすれば眠ってしまいそうだった。

「うん、これでよし。今日も最高に綺麗な毛並みだよ、プリンちゃん」

 は後ろからプリンのことをぎゅっと抱きしめた。腕の中のプリンがくすぐったそうな声を上げて身をよじる。そうしてしばらくじゃれ合っていると、テーブルに置かれているのスマホから明るい通知音が鳴った。この音は着信ではなくメッセージが届いた旨を知らせるものだ。は腕を伸ばしてスマホを手に取る。待ち受けに映る名前は友人のものだ。見てみると、「かわいいでしょ!」という文面とともに彼女のパートナーであるマリルの写真が送られてきていた。マリルの右耳にはパールでできたアクセサリーが付いている。なんでも、最近できたらしいポケモン用のアクセサリー専門店で購入したらしい。おめかしをして嬉しそうなマリルの笑顔と、文字だけでも伝わってくる友人の楽しげな様子にも幸せな気持ちになった。
 「とってもかわいいね、マリルちゃんに似合ってる!」とが返信すると、「ありがと! もしプリンちゃんがアクセサリーを嫌がらなかったら、も行ってみたら?」という返事とともにお店の公式HPのURLが送られてきた。開いてみると、マリルが付けていた耳飾りを筆頭にリボンやネックレス、ブレスレットにチョーカーなどなど、多種多様なアクセサリーがラインナップされていた。がカタログを興味深く眺めていると、腕のあいだからプリンがひょこりと顔を出す。その真ん丸な頬は膨らんでいて、構ってくれないに少々ご立腹なようだ。

「あっ。ほったらかしにして、ごめんね」

 はプリンの頭をよしよしと撫でてあげる。すると膨れっ面はたちまち消えて、プリンは嬉しそうに笑った。きまぐれな性格の彼女はころころとよく表情が変わる。そんなところがにとっては愛しくてたまらないのだ。
 プリンはそのままの膝の上に陣取った。そうだ、と思いついたはスマホの画面をプリンの目線の位置まで下ろす。

「ねえ、プリンちゃんはアクセサリーとか付けてみたい? 最近はポケモン用のアクセサリーがいっぱいあるんだって……」

 がカタログをスワイプしてみせると、大きな丸い瞳がスマホの画面を一生懸命に眺める。どうやら少なからずアクセサリーに興味があるみたいだ。プリンはの方を振り向き、きらきらした眼差しを向けてくる。

「ふふ、聞くまでもないみたいね。じゃあ、次のお休みに行こうか」

 お店の場所はHPに書いてあった。の家からだと数駅ほど隣にある、大きなデパートの一画に構えているらしい。「品揃えが豊富で見ているだけでも楽しい」、「プレゼントしたらポケモンがとても喜んでくれた」——そんなレビューも多々あり、までわくわくしてきた。


 その日からというもの、プリンは毎日寝る前にカレンダーにバツをつけ、お出かけの日を指折り数えた。時折にスマホを見せてもらうようねだって、商品のラインナップへと熱心に目を通す。そんなプリンを可愛いなと微笑ましく思いながらは見守った。

 ついにやって来た、お出かけの日。プリンは珍しく目覚まし時計が鳴る前に起床し、隣ですやすやと眠っているを起こしてあげた。けれどは時計を見るなり「まだ早いよぉ、今から行ってもお店開いてないよ」とふにゃふにゃ言って「あと一時間は寝れる……」と二度寝を決め込んだ。
 プリンはぷくっと膨れての背中にぐりぐりとおでこを押し付ける。は「くすぐったいー」と言いながらも止める気配はない。そうしているうちに布団のあたたかさに眠気を誘われ、結局プリンも眠ってしまったのだった。
 約一時間後、アラームとともに再び目を覚ましたプリンは、まだ眠たそうなと一緒に身支度を始めた。天気は晴れ、風も強くない。春らしい陽気に庭の花々は生き生きしている。まさにお出かけ日和だ。
 はパンプスのストラップを留め、爪先をとんとんと叩く。

「お待たせ。よし、行こっか」

 プリンを抱き上げ、が玄関のドアを開けた。頬を撫でる風には青々と茂った草花の香りが混じっている。は大きく息を吸い込んで笑った。

「うーん、春の匂いがする。お花も咲いてるし、すっかり春だね」

 「私、春ってあったかくて大好き」そう言うに同意するようにプリンもひと鳴きする。寒くて家から出るのも億劫になる冬を越え、新芽が萌え出るあたたかな春を迎えた時の喜びといったら。吹く風に縮こまらずにいられるのも、もこもこになるほど着込まずに済むのも嬉しい変化だ。

「これからたくさんお出かけしようね」

 そろそろ桜の見頃だし友人を誘ってお花見がしたい。それから、少し離れた場所にネモフィラの花畑があるからそこにも行きたい。ぽかぽかの日差しのもと、ピクニックをするのもいい。やりたいことだらけだ。
 アクセサリーショップへ向かう道中、はプリンとやりたいことや行きたい場所をあれやこれやと話した。どの提案にも目を輝かせてくれる乗り気なプリンのことが、は可愛くて仕方ない。

 おしゃべりをしていたら数駅分の距離などあっという間で、いよいよふたりは目的のデパートまでやって来た。アクセサリーショップだけでなくこのデパート自体も建てられたばかりのようで、も来たことがない。フロアマップを確認してから向かえば、今日まで何度も目にしたお店の名前が掲げられた看板が目に入った。あそこだ。
 お店の外からでも分かるほど、たくさんのトレーナーとポケモンが来店している。レジにはそこそこの列ができていて、このお店がどれほど人気なのか改めて思い知らされる心地だ。

「どこから見て回ろうか」

 どうやらアクセサリーの種類ごとにブースが分かれているらしい。は腕の中のプリンに尋ねる。するとプリンは困ったような表情での方を振り返った。

「もしかして、まだ欲しいの決まってない?」

 プリンは小さく頷いた。あんなにカタログを眺めていたのに決めかねている、そのことを後ろめたく思っているようだ。しかしは嫌そうな素振りなど見せず、朗らかに笑ってプリンの頭を撫でた。

「時間はいっぱいあるから。たくさん考えて、プリンちゃんが一番素敵だと思ったものを買おうね」

 ひとまず手近なところにある、髪飾りのブースから見ていくことにした。髪飾りと一口に言っても、長い髪やたてがみを持つポケモン用のヘアゴムから、プリンのように毛足の短いポケモンも使えるヘアピンなど多様だ。種類の豊富さに感心しながら棚を眺めていたは、大きなリボンのついたヘアピンを見つけた。少し白を足したような優しい赤色。結び目にはゴールドのハートが付いている。きっとピンク色の身体のプリンによく似合うことだろう。ああ、でも……。隣には色違いでターコイズブルーのリボンも置いてあった。結び目の飾りはシルバーのスターが付いている。プリンの瞳の色と同じなので、こちらはこちらで映えるはずだ。少し大人っぽいイメージになるだろうか。

「リボン、かわいいねえ」

 プリンも心を揺さぶられつつ、まだ決断できない様子だ。
 近くにはネックレスやブレスレットもあるよとが提案したものの、前者はプリンの体格だと付けるのが難しいし、後者は腕を動かすたびにくすぐったいから嫌だと首を横に振った。

「あ、あっちに耳飾りがあるよ。ちょっと棚の上の方にあるね……」

 がプリンを抱っこしている状態ではよく見えない。いったんプリンを床に下ろすと、は棚の上の方へ手を伸ばした。
 そんなの後ろ姿を見たプリンは、はっとひらめいた。丸い瞳が星を湛える。それからカラフルなビーズが連なった耳飾りを手に振り向いたの背中に飛びついた。

「わっ、何!?」

 急に飛びつかれてびっくりするを尻目に、プリンは肩の方までよじ登る。そうしてのハーフアップにした髪を留めているバレッタをぺちぺちと触った。

「どうしたの?」

 プリンは「ぷり!」と鳴いて何かを訴えかけてくる。バレッタがどうしたのだろう。は困った顔で、プリンをたしなめるにはどうすればよいか考えあぐねた。
 が今付けている小ぶりなバレッタは、最近買ったばかりのものだ。中心に小さなパールが乗っている白い花の飾り、それが3つ付いた春らしいデザイン。花弁の先端がほんのりと桜色に染まっているのが可愛らしくて一目惚れしたのだった。
 ——もしかして。はふと、ひとつの憶測に思い至る。

「このバレッタとお揃いにしたいの?」

 その言葉に「ぷりー!」と愛くるしい返事が飛んでくる。正解だったらしい。プリンはの背中から下りると、足にすりすりと擦り寄った。ちゃんと意図が伝わって嬉しいようだ。
 は微笑んで、花をモチーフにした耳飾りの棚を見遣った。

「似たようなもの、あるかなあ……」

 品揃えが豊富だからこそ自分の求めるものを探し出すのは骨が折れる。目についた中で近しいデザインの耳飾りを見かけるたび、はプリンにこれはどうだろうかと提案した。けれどどれもプリンのお眼鏡に適わず、自身もより似ているものがあるはずだと商品棚と睨めっこする。

「うーん……あっ」

 もはや、別のアクセサリーショップを訪ねた方がいいのではないかとが考え始めた頃。ひとつの耳飾りが目に留まった。のバレッタと同じ、中心にパールが乗った花。ただひとつ違う部分は花弁の先端を染めているのは桜色ではなく、浅葱色であるところ。しかしそれを除けば花の飾りはのバレッタととてもよく似ているのだ。

「ねえ、プリンちゃん。色違いでお揃いにするっていうのはどうかな?」

 は屈んでプリンにその髪飾りを手渡した。プリンの答えがどちらだとしてもは構わないのだ。プリン自身が心の底から気に入ったものでなければ、どんなに素敵なアクセサリーだろうがその輝きはきっと曇ってしまう。
 プリンは真ん丸の瞳で耳飾りをじいっと眺めたあと、弾けるように満足げな笑顔を浮かべた。どうやら好みに合ったらしい。

「これにする?」

 からの問いかけにプリンはこくこくと頷く。プリンが嬉しそうにしている姿を見ると、もつられて笑顔になってしまう。よしよしとプリンの頭を撫でたあと、は腰を上げた。

「絶対プリンちゃんに似合うよ。お揃いにしてお出かけしようね」

 もちろん! と言うようにプリンは元気によく返事をしてくれた。やりたいことや行きたい場所はたくさんある。ひとつひとつを叶えたあとで見返す写真に映るふたりは、お揃いのアクセサリーを付けているのだ。そう考えると胸が躍る。
 「ほかに欲しいものはない?」とはプリンに尋ねたが、耳飾りがよっぽど気に入ったらしく速攻で首を横に振られてしまった。まあ、アクセサリーショップは逃げないんだからまた来れば良いか。は苦笑いしつつ、大事に耳飾りを持つプリンを抱っこしてレジへと向かった。


◇◇◇


 数日後、は友人とお花見の約束を取り付け、桜が見頃だという公園へやって来ていた。お年寄りや若者の集団から家族連れ、カップルまでたくさんの人でごった返している。風が吹くたび、桜の花が雨のように舞い散った。その光景は溜め息が出そうなほどに美しい。
 プリンの頭にひらりと落ちてきた花びらをが取ってあげていると、少し離れたところから名前を呼ばれた。聞き慣れた声だ。振り向くと友人とそのパートナーポケモンであるマリルがこちらへ駆けて来るところだった。

! ごめん、待たせちゃった?」

「ううん。私たちが早く着ただけだから気にしないで。マリルちゃん、お久しぶり」

 はしゃがみ込んでマリルに視線を合わせ、笑顔を向ける。するとマリルは可愛らしく鳴き、それからに抱きついて頬擦りをした。友人のマリルはまったく人見知りをしない甘えん坊で、顔を合わせるといつもこんな調子だ。
 マリルの愛くるしい仕草にがくすくす笑いながら抱きしめ返すと、プリンが足にしがみついてきた。膨らんだほっぺたが、これでもかというほど不機嫌なことを示している。ヤキモチだ。

「じゃあ私はプリンちゃんを抱っこしちゃおっかな。おいでー」

 気を配ってくれた友人が、おどけながらプリンに向かって両腕を広げた。プリンは膨れっ面のまま友人に抱きつく。

「おー、よしよし。……あ、耳飾り! あのアクセサリーショップに行ったの?」

「うん、教えてくれてありがとう。いろいろあって目移りしちゃった」

「分かる、あそこすごいよね。……あれ、よく見たらのバレッタとお揃い?」

 が耳の上で留めているバレッタと、プリンの左耳に付いた耳飾りを見遣って友人が尋ねる。とプリンはお互いに目を合わせ、それから花の蕾が綻ぶように笑った。あの日のことを思い出したのかプリンは機嫌を直してくれたらしい。

「ふふ、いいでしょ?」

「いいねえ。私もマリルとお揃いにしようかなー」

 会話の中で名前を出されたマリルがぴくりと反応し、友人の元へと戻っていった。ぜひともお揃いにしたいと言っているみたいだ。その微笑ましさに口元を緩めたは友人からプリンを受け取り、抱きしめる。プリンもの胸元へと甘えるように擦り寄った。
 春のあたたかな日差しに照らされ、の髪とプリンの左耳で色違いの花飾りがきらりと輝いていた。


錦上添花の愛情で
20240414

リクエストを募集した際、プリンちゃんを希望してくださった方へ。ありがとうございました。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。