愛を込めて
 感謝の気持ちを伝えるのって、思っているよりも難しい。


 私は机の引き出しを開け、プラスチック製の小物入れを取り出す。からからと、小さくて軽いものがぶつかり合う音がした。そうっと蓋を開いてみると、これまで幾度も取り出しては眺めた宝物たちが顔を見せる。
 つるりと丸い、中心に色の入ったビーだま。金と銀の不思議な葉っぱ。カントーではないどこかから流れ着いたらしき白い貝がら。木の葉にいくつもの足跡がつけられたお手紙。それから——私は机に備え付けの棚の上に置かれた写真立てへと目を向ける。木目調の素朴な額縁には、まだ幼さの残った面立ちの私と相棒のピカチュウがふたりで映った写真が飾られていた。肩に乗ったピカチュウが私の頬に擦り寄っていて、くすぐったそうに笑う私の手には小さな花束が握られている。自然と口元が緩むのを感じた。


 数年前、この写真を撮った日のことはよく憶えている。カントーの各地を巡り、8つのバッジを集めた私はチャンピオンロードを通り抜け、立ちはだかる四天王を打ち負かした。そして最後には、ひと足先にチャンピオンになっていた幼馴染に勝利し、彼を退けてチャンピオンの座を手に入れたのだった。
 まだ実感も湧かないうちに殿堂入りを済ませ、共に戦ってきた仲間たちの名を刻んでから——私はまずマサラタウンへと帰った。ママに話したいことがたくさんあったし、それから久々にゆっくり家で休みたかったから。

 「ただいま!」と元気に挨拶をして家に入った私は、出迎えてくれたママと玄関でしばらく立ち話をしてから、ピカチュウの姿が見えないことに気がついた。慌てて探しに行こうとドアを開けると、意外なことにピカチュウは家の前にある花壇のところにいた。胸を撫で下ろしつつ「遊んでたの?」と尋ねると、ピカチュウはとびきりの笑顔を浮かべて私に花束を差し出したのだ。まとめられたお花はこの辺りではよく生えていて、珍しいものではない。でも、それでも……「お花を摘んで花束にして、大事な人にあげるんだよ」というあの子の言葉を聞いた上で、ピカチュウが私のためだけに作ってくれたことが本当に嬉しかった。ささやかなプレゼントたちも、あの花束も、どんなに貴重な贈り物よりも価値がある。すべて私の宝物だ。

 ……だからこそ、私は悩んでいた。
 ピカチュウからはたくさんのものを貰った。プレゼントももちろんだけれど、共に旅をしていく中で喜びも悲しみも分かち合い、いろいろな困難を乗り越えて、何物にも代え難い経験をすることができた。そんなピカチュウに私からも何かプレゼントをしたいと思い立ったのだけれど、いったい、何を贈ればいいのかが全く思いつかない。お洋服やアクセサリーはこれまでもあげたことがある。改めて贈るものとしては相応しくないかもしれない。かといって、高価なものであれば良いわけでも無いだろう。
 ううん、と唸りながら机の上に倒れ込む。かれこれ数日間は悩み続けているけれど答えは出そうにない。頬に触れる冷たさに瞼を閉じていると、足元から「ピカ?」と鳴き声が聞こえた。

「……あれ、ピカチュウ。起きてたの?」

 さっき見た時にはベッドの上でお昼寝をしていたはず。ピカチュウはくしくしと顔を洗ってから、私の膝の上に飛び乗って来た。その表情は少ししょんぼりとしていて、私が難しい顔をしていたのを見られてしまったのだと察した。

「大丈夫だよ。ちょっと考えごとしてたんだ」

 まさか本人にプレゼントの相談をするわけにもいくまい。適当に誤魔化しつつピカチュウの頭を撫でる。耳をぺたんと倒して、撫でやすいようにしてくれるその仕草が私は大好きだ。心地良さそうに目を細めたピカチュウは、やがて私のお腹あたりに抱きついて来た。私が落ち込んでいると思って、慰めてくれているのかもしれない。すかさず抱きしめ返す。

「ありがとうね」

 背中をぽんぽんと撫でると、お腹にぐりぐり顔を擦り付けてくる。ピカチュウの癖だ。甘えん坊みたいで可愛い。
 そのまま、またうとうとし始めたピカチュウは私に抱きついた状態で眠ってしまった。よく寝るなあ。でも、昨日はたくさんバトルしたから仕方ないか。
 愛くるしい寝顔をしばし眺めてから、再び写真立てを見遣る。何年経っても色褪せない、心の奥底から湧き上がる幸せな気持ち。私がピカチュウからもらった分のうち、少しでもお返しができたらいいんだけど——。
 その時ふと、ある考えが閃いた。


◇◇◇


 翌朝、カーテンを開けてみると窓の外に映る空は快晴だった。だから私はピカチュウに言ったのだ。

「今日はバトルはお休み。少しお散歩しに行こうか」

 挑んでくるトレーナーが減ることはなく、私たちはほとんど毎日チャンピオン防衛戦に明け暮れている。けれど今日だけはお休みさせてもらおう。世話焼きな幼馴染からも「あんまり無理すんなよ。休むのも仕事のうちだから!」と気遣われたばかりだし。第一、私が休まないということは、ピカチュウも休めないこととほぼイコールだ。だからピカチュウに無理をさせたくなかったら適度に休息を取るべき。バトル漬けの私にそれを教えてくれた彼には感謝しなければいけない。
 ピカチュウは嬉しそうに笑うと、私の肩へとよじ登る。考えてみれば、散歩とはいえお出かけするのも久しぶりだ。

 支度を済ませて外に出ると暖かな陽射しが降り注ぐ。その眩しさに目を細めた。日陰はほんのり肌寒いが、歩いていると少し汗ばむかもしれない。
 家の前にある植え込みには、以前ピカチュウが花束にしてくれた白いお花たちが蕾をつけている。もう数日もすれば咲くことだろう。この前を通るたび、贈られた花束を思い出して幸せな気持ちになる。

「いい天気だね。なんだか、こんな日にはピクニックしたくなっちゃう」

 どこかの地方ではポケモンとキャンプをしたり、ピクニックをするのが流行っているらしい。私もいつかはピカチュウとやってみたいなあ。ピカチュウはきょろきょろと周りを見回している。けれどこのあたりはあんまり広くないから、キャンプもピクニックも難しいかもしれない。
 ポッポ同士が羽繕いをし合っていたり、キャタピーが木の上でお昼寝していたり。そんな普段と変わらない平和な様子を眺めつつ草むらを行く。野生のポケモンたちが襲ってくる機会は少なくなった。おそらくピカチュウの強さを本能的に悟って、挑むには無謀すぎると判断しているのかもしれない。私たちはたくさんバトルしてきたから。経験もかなりのものなのだ。

「……ピカチュウ、見て。あのお花。綺麗だね」

 私が指差す先、草むらの一角に生えているのは、ほのかに黄色い花弁を広げるお花だった。私はお花に詳しくないので名前はわからないけれど、風でゆらりと頭をもたげる姿は優美だ。ピカチュウは私の方からひょいと下りて、そのお花に鼻を近づける。いい香りがしたみたいで、「ピカ〜」と幸せそうに笑った。
 原っぱの上に腰を下ろす。むしよけスプレーはしっかり付けてきたから安心だ。

「このお花で冠を作ろうと思うの」

 そばに咲いていたお花をふたつ、摘んだ。交差させてからくるりと茎同士を巻きつけていくのを繰り返せば、花冠ができる……はず。最後に作って遊んだのはだいぶ前のことだから不安ではあるけれど、手動かしていくうちにコツを思い出せそうだ。

 ピカチュウは私のためにお花を摘んで手渡してくれたり、それに飽きたかと思えば近くを飛ぶバタフリーにちょっかいをかけていた。しまいにはどんどん長さを増していく花冠の端が私の指の動きに合わせて揺れるのが気になるらしく、ポケじゃらしを前にしたニャースのようにネコパンチならぬピカパンチを繰り出した。

「こらこら、いたずらしちゃダメ」

 崩れちゃったらもったいないもの。
 おでこをちょんと指先でつつくと、ピカチュウはお茶目に笑って頭をかいた。

「でも、退屈させてごめんね。……うん、できた!」

 最後の一本のお花で、端と端を束ねる。少々歪だけれど花冠の完成だ。私は膝の上に座っているピカチュウの頭にそれを乗せてあげた。

「あなたのために作ったの。ちょっとヘタだけど……いつもありがとう、って感謝の気持ちを込めたよ」

 ——私がチャンピオンになった時、小さな花束をくれたでしょう? あれ、本当に嬉しかったんだ。大事な人にお花を贈るのって素敵だよね。それで、私からもピカチュウに贈りたかったの。でも、もっと特別な形にしたいなって思って。

 もう、ずっとのことそばにいるから、わざわざ口にすることも少なくなった日頃の感謝の言葉。まるで堰を切ったように語り出す私を、ピカチュウは真ん丸のつやつやな瞳で静かに見上げていた。

「もう一度言わせて。……いつもありがとう、ピカチュウ。これからもずっと一緒に居てね」

 言い終えるや否や、黄色い体躯を抱きしめる。耳元でくすぐったそうな笑い声が聞こえた。それからピカチュウはいつものように私に頬擦りをして、ぴかぴかの笑顔を浮かべる。
 言葉が分からなくても気持ちは通じる。ありがとう、この先もよろしくね——そう、同じ想いでいるのだと。
 花冠をかぶって嬉しそうに飛び跳ねるピカチュウは私の自慢のパートナーで、世界一素敵なポケモンだ。


愛を込めて
20240227

LP殿堂入り記念&ポケモンデーおめでとう。