ソウブレイズに相応しくなりたい

ソウブレイズに相応しくなりたい

「僕のソウブレイズをしばらく預かってくれないかな」

 バトルの強い幼馴染からそうお願いされて「私でよければ」と受け取ったソウブレイズは、彼が育てただけあってとても強い子だ。能力の高さは言わずもがな、頭も良くて戦略というものをよく理解している。私にはもったいないくらいに優れたポケモンなのだ。
 だけど——ひとつだけ、しかし致命的に困っていることがある。

「ソウブレイズ、シャドークロー!」

 ……返事も無ければ、シャドークローを繰り出す素振りも見せない。アニメだったらちーんという効果音でもつけられそうなほどの痛い沈黙に、居た堪れなくなる。

「ソウブレイズ……しゃ、シャドークロー……」

 もう一度繰り返すと、ソウブレイズはぷいとそっぽを向いた。今度は明確に拒絶の姿勢を見せてきたのだ。やっぱりダメみたい。私はがっくりと肩を落とす。
 攻撃してこないソウブレイズにヤミカラスは怪訝そうな表情を浮かべたあと、その場を去っていった。颯爽と飛んでいく姿を見送り、いまだ微動だにせず私に背を向けるソウブレイズに視線を戻す。両腕の剣には、夜明け前の空と同じ色をした炎が揺らめいている。その剣が私の指示で動いたことはまだ一度も無い。

 すべては私に問題があるのだ。
 きっと誰しも耳にしたことがあるはずだ。トレーナーとしてのレベルが低いとポケモンは言うことを聞いてくれない、と。有名な話だが、実のところ私はそんな経験をしたことが無かった。それはひとえに手持ちたちが小さな頃から私と共に過ごしていたことと、よく懐いてくれていることによるものだったのだと最近になって気づいた。先述の話は、人と交換したり預かったポケモン……つまり自分が親ではない場合に起こりやすいらしい。今の私とソウブレイズがまさにそうだ。
 ソウブレイズにトレーナーとしての私を認めてもらうには、ジムバッジを集めて成長したところを見せるのが一番なのだろうけれど。でも、それだけでは足りないような気もする。もっと根源的な、そもそもポケモンと人間とが相棒たり得るために必要なものは何なのか。それは求める関係性にもよるけれど、私はソウブレイズと対等になりたい。ならば私が求めるべきは、ソウブレイズを従えるための力というよりも——。

 不意に、考え込む私の方へとソウブレイズが振り返った。そして何やら駆けてくるではないか。何が起こったのかと目を丸くするしかできない私に、ソウブレイズは片腕を振り上げる。え、斬られる?
 ……反射的にぎゅっと目を瞑ったが、痛みは訪れない。その代わりにすぐ後ろでポケモンの呻き声と、重さのあるものが地に落ちる音が聞こえた。
 振り向けば、ペルシアンが気を失って倒れている。ソウブレイズは斬りかかってきたのではなくて、私を襲おうとしたポケモンを撃退してくれたのだ。

 ——どうすればソウブレイズは私を信頼してくれるのか。そのことばかり考えていたけれど、私もまたソウブレイズを心から信頼できていなかったようだ。これじゃあ、認めてもらえなくて当たり前。……なんて、落ち込んでなんかいられない。ぎゅっと拳を握りしめる。

「あ、あの! ソウブレイズ……助けてくれてありがとう」

 ソウブレイズは炎の揺らめく瞳で私を見遣った。共に過ごし始めてから数週間も経っているのに、真正面から目を合わせたのは初めてな気がする。すぐに逸らされてしまったけれど、一歩前進と捉えても良いだろう。
 ほっとしたのも束の間、再び訪れた沈黙をなんとかしなければと私は焦った。

「それで、えーっと……そ、そうだ! そろそろ休憩しない? ずっと歩きっぱなしだったし、甘いものでも食べてさ……」

 ここは西3番エリア、チャンプルタウンのすぐそばだ。チュロスを3つ並べた可愛らしいロゴが目に入ったものだから、私は思わずそう口走ってしまった。ソウブレイズは首を縦にも横にも振らない。そもそもチュロスがなんなのか知っているのだろうか。
 私が冷や汗をかきながら屋台の方へ歩き出すと、ソウブレイズはおとなしくついてきた。にこやかなお姉さんに促されるがままメニューを覗き込む。私はシナモンのチュロスと、ソウブレイズの好みが分からないからとりあえず無難にプレーンのふたつを注文して、揚げ上がるまでじっと待つ。その間、ソウブレイズはチュロスを見るのも初めてらしく、ディスプレイに飾られたサンプルを物珍しそうに眺めていた。

 やがてお姉さんに呼ばれて、あつあつのチュロスを受け取ってからはっとした。ソウブレイズの腕ではチュロスを持つことはできない。つまりは私が食べさせないと……。
 そばの日陰にあるベンチに座ると、ソウブレイズも隣に腰掛けた。

「あの……ど、どうぞ……」

 口(があると思しき部分)にチュロスを持っていくと若干嫌そうに顎を引かれたものの、ソウブレイズは素直に食べてくれた。数回咀嚼したあとソウブレイズはほんの少しだけ目を細めて、優しい顔になる。気に入ってくれたみたいだ。私も自分のチュロスをひと口かじる。揚げたてのチュロスは思ったより熱くて、少しダメージを受けた。でもおいしい。外は揚げられているからサクサクだけれど、中身はもちっとしている。シナモンの香りもアクセントだ。
 私たちの近くを、グルトンを連れた小さな男の子が通り過ぎていく。ひとつのチュロスを分け合って、「おいしいね」とはしゃぐ姿は微笑ましいことこの上無い。

「……あのね、ソウブレイズ。私、トレーナーとしてまだまだ未熟すぎて、あなたの親とは比べものにならないと思うけど」

 自分で言いながら情けなく、ソウブレイズの方を見ることができない。けれどそれではいけないのだ。己の弱さを受け入れること、そして真正面からソウブレイズと向き合うこと。強さを求める以前にそれらが出来なければ、きっと認めてもらうなんて夢のまた夢だ。これが私の答え。ソウブレイズと対等になるために必要なもの。
 私は顔を上げ、ソウブレイズと向き合う。感情の読めない瞳と視線が交わるが、今度は逸らされなかった。

「いつかあなたと肩を並べられるくらい強くなるから、待っていてね」

 ソウブレイズが小さく頷いてくれたのが見えて、私は思わず微笑んだ。いつかやってくるその日が待ち遠しい。
 居ても立っても居られない気分で、私はもう一度チュロスにかぶりついた。


20231022