マホイップとお菓子作りがしたかった
スーパーで見かけたいちごが、真っ赤に熟れていてとてもおいしそうだったから。私はつい手に取ってしまった。そのまま食べるのもいいけれど、どうせ今週末は暇だしいちごを使ってケーキでも作ってみようかな。普段お菓子作りはしないけれど、レシピなら検索すればいくらでも出てくるし。そんな気まぐれな思いつきで材料まで買って、私は家路についた。
そうして迎えた週末。私はオーブンを前に項垂れていた。まだ熱を冷却している途中の庫内に鎮座する、15センチのケーキ型。その中身はふかふかのスポンジケーキ……ではなく黒く焦げていて、なおかつ顔を顰めてしまうような匂いまでする。
なぜこうなったのか思い当たる節はあった。180度に予熱したオーブンで、25分から30分ほど焼く。その手順を守ったのになかなか膨らまず、独断でさらに延長したのだ。今思えばあれは熱する時間が足りなかったのではない。そもそもその前工程で何かを間違えていて、単に膨らまなかっただけなのだろう。だからこんなに真っ黒焦げの物体になってしまったのだと思う。
慣れないことなんか思いつきでするもんじゃない。
莫大な後悔を抱えて、私はオーブンから“ケーキになるはずだったもの”を取り出す。多少失敗してしまった程度なら当然責任を持って食べるつもりだったけれど、これはさすがに健康に支障をきたすのでは。食材を無駄にしてしまった罪悪感がふつふつと湧いてくる。
落ち込んでいる私を見かねたのか、パートナーポケモンであるマホイップが足元に寄って来た。その小さな身体を抱き上げると、透き通ったいちご色の瞳に情けない表情の私が映る。
「ケーキ、失敗しちゃった……。ごめん、楽しみにしてくれてたのにね」
本当なら、スポンジケーキが焼き上がったらマホイップにクリームを作り出してもらって、デコレーションやいちごのトッピングをふたりで楽しむつもりだったのに。最悪すぎる。こんなことになるなら市販のスポンジケーキを買ってくるべきだった。
何度目か分からない溜め息を吐いていると、マホイップが私の腕をぽんぽんと叩いた。何事かと視線の先を辿れば、洗ってヘタを取ったいちごを入れたボウルがある。
「いちごがどうかした?」
せめていちごだけでもおやつとして食べたい、とかだろうか。私はいちごを一粒摘んでマホイップに渡す。食べ頃のいちごはさらに色を濃くし、ハリのある実には艶がある。ケーキに乗せて食べたら本当においしかっただろうなあ……。また暗い気持ちが膨らんできた。ケーキは膨らませられなかったくせに。
マホイップは手のひらからクリームを作り出し、いちごの上にかけていった。いちごはその半分以上をクリームに包まれて、まるでふわふわのパジャマを着ているみたいだ。
マホイップはそのクリームでデコレーションされたいちごを私に差し出した。食べて、ということなのだろうか。おずおずといちごを頬張る。コクのあるミルキィバニラのクリームは期待を裏切らない甘さで、次第にそれを上書きするようにいちごの酸味が広がる。ただいちごにクリームをかけただけなのに、ふたつの味が混ざり合うとうっとりしてしまうほどおいしい。
甘いものを食べるといつだって幸せな気分になれる。現に、どん底まで落ち込んでいた気分が少しだけ持ち直す。それが見てとれたのか、マホイップはにこりと笑って私の頬を両手で撫でた。
「……もしかして、慰めてくれたのかな」
ありがとう、と言いながらお返しにマホイップの頬を手のひらで撫でると、くすぐったそうに目を細めて擦り寄って来る。愛しい私のパートナー。暗い顔ばかりして、心配させるわけにはいかない。
「もう大丈夫。マホイップのおかげで元気出たよ」
マホイップを抱きしめると、ミルキィバニラの極上に甘い香りがする。くすぐったいのか鈴を転がすような声で笑ったマホイップが、いちごをもうひとつ欲しいとねだった。一粒摘んで手渡す。するとまたクリームをたっぷり乗せたあと、私のことをじっと見つめてきた。付き合いが長いから分かる。これは、何かをお願いしたいと思っている時の顔だ。
「いちご、今度はマホイップが食べてほしいな」
いちごを受け取り、私はマホイップの口元へと運ぶ。マホイップはにこにこ笑っていちごにかぶりついた。可愛いなあ。
お釈迦にしてしまったケーキには本当に申し訳ないことをしたけれど、マホイップの優しさと可愛さを再確認した日だった。
20231021