マスカーニャとひと夏の思い出

マスカーニャとひと夏の思い出

 削られた氷を集めてできた山には鮮やかな緑のシロップがかけられている。メロン味なのだというそのシロップは、なるほどその名の通りメロンの香りがする。マスカーニャは自慢の肉球がついた手でスプーンを器用に持って、その氷の山をざくざくと崩した。シロップを全体に行き渡らせるように混ぜ合わせ、それから小さな小さなひと匙を口へ運ぶ。
 舌に乗せた途端氷はあっという間に溶け、シロップのチープな甘さがメロンに似せた風味と共に広がった。
 口の中がひんやりして、涼を納(い)るにはなかなか良い。アイスクリームよりもさっぱりしているので夏にぴったりだ。マスカーニャはこの“かき氷”と呼ばれる氷菓子を気に入った。

「冷たくておいしいね」

 のその言葉にマスカーニャは頷いて同意した。隣に居るはマスカーニャ同様、かき氷を食べて満足げにしている。のかき氷はブルーアローラ味。アローラ地方に広がる海の色をモチーフにしたのだというそのシロップは、ともすれば毒々しいほどに青い。本当にアローラの海はこんな色をしているのだろうか。マスカーニャはアローラ地方へ行ったことが無いので、真偽の程は不明だ。
 ここはパルデア地方から遠く離れたキタカミの里。オモテ祭りにやって来たふたりは屋台を巡って楽しんでいた。の膝元にはマリルを模した水ヨーヨーが、マスカーニャの頭にはピカチュウのお面がついているのがその証拠だ。そしてキタカミそばを半分こしたふたりは、今度はかき氷に舌鼓を打っているところである。

「うっ、頭がキーンってする……!」

 突然、にこにこ笑顔だったが顔を顰めて呻いた。マスカーニャはそれが何なのか知っている。アイスクリーム頭痛というやつだ。冷たいものを食べるとの言う通り頭がキーンと痛くなる現象。そのメカニズムについては諸説あるが、冷たいものを口にして急激に口腔内の温度が下がると、身体は反射的に体温を上げようと血流を増加させる。すると頭の血管も拡張されるため、そのせいで痛みを感じるのではないかと言われているのだ。ちなみに、ゆっくり食べれば発生しづらいらしい。
 急いで食べるからだよ。マスカーニャは悶えているを見てけらけら笑った。

「あっ、笑ったなー? ……ていうかマスカーニャ、舌がすっごい緑になってる!」

 舌が緑に?
 理解できずにいるマスカーニャに、はスマホロトムのインカメラを起動させる。「べーってしてみて」とに言われるがまま従えば、確かに画面に映るマスカーニャの赤い舌は緑色に染まっていた。びっくりして目を丸くするマスカーニャに、今度はがけらけら笑う番だ。

「あはは、初めて見ると驚くよね。大丈夫、シロップの色が移っただけだから」

 マスカーニャを安心させるため、もブルーアローラの青色が移った舌をぺろりと覗かせる。色が移るほどのシロップとは……と思いはしたものの、しばらくすれば元に戻ると聞いてマスカーニャは胸を撫で下ろした。そしてふたりして舌が変な色になってしまったねと、今度は顔を見合わせて笑う。

「ふふ……あ、そうだ。せっかくだし、オモテ祭りに来た記念に写真撮ろうよ」

 賛成、と頷いてマスカーニャはの腕に抱きついた。ふたりで頬を寄せ合ってスマホロトムに視線を合わせる。お馴染みの掛け声と共に数回シャッターボタンを押すと、は腕を下ろした。さっそくカメラロールを開いて、撮ったばかりの写真を表示させる。

「うん、よく撮れてるんじゃない?」

 の言葉にマスカーニャも画面を覗き込む。ふたりとも少しいたずらっぽい笑顔だ。は甚平を着ているしマスカーニャもお面をつけているので、ひと目見ただけでお祭りを堪能していることが分かる。
 マスカーニャ自身もきっと、この先時間が経ってオモテ祭りでの記憶が薄れていったとしても、この写真を見れば今日のことを思い出せるのだろう。そう思った。

「……なんか、帰りたくないなあ」

 が小さく呟いた。その声がとても寂しそうだったので、マスカーニャは思わずスマホロトムの画面から顔を上げ、の横顔を見遣る。それをマスカーニャに心配させてしまったと思ったらしいが慌てて弁明した。

「あの、パルデアが嫌とかじゃなくてね。この楽しい時間が終わっちゃうのが寂しいなって……」

 その気持ちはマスカーニャにも理解できた。
 オモテ祭りはいずれ終わってしまうし、ふたりは数日したらキタカミの里を離れる。楽しいイベントをひとつ経験するたび、同時に終わりまでのカウントダウンをしている気分になってしまう。写真を撮ったのもそうだ。今の時間を切り取って、いつか見返す過去のものとして大切にとっておく行為だから、がしんみりしてしまったのも頷ける。
 の悲しい顔は見たくない。でも、無理に笑ってほしいわけじゃない。マスカーニャはをぎゅっと抱きしめる。
 ——いつかあの写真を見返して、キタカミの里が恋しくなったならまた来よう。過去を懐かしむだけじゃなくて、未来への約束にしてしまおうよ。
 そんな気持ちを込めて。

「……ありがと」

 マスカーニャはテレパシーが使えないので、伝わったのかは分からない。けれど抱きしめ返してくれたが安心したように微笑んでいたので、きっと大丈夫だ。


20231020