フーディンの不思議なスプーン

フーディンの不思議なスプーン

「フーディン、サイコキネシス!」

 フーディンのサイコキネシスを真正面からぶつけられたグレッグルが、目を回して倒れた。今日のストーンズ原野はやけにグレッグルの数が多い。気がつくと後ろからすごい速さで追いかけて来ていて、心臓が止まりそうになった。猛毒を滲ませているのだというあの指で突き刺されたら……と思うと肝が冷える。しかし、きっとグレッグルからすれば私たちの方が縄張りに近づいてきた敵なのだ。文句は言えまい。
 のんびりしていると、また戦う羽目になるかもしれない。私はじっと佇むフーディンに声をかける。

「今日はそろそろ帰ろうか」

 バトルをして経験を積む目的は十分なほどに達成できた。フーディンもそろそろ疲れてきた頃だろうし、無理はさせたくない。異論は無いのかフーディンも頷いてくれたので、私たちは家路につくことにした。
 肩を並べて歩きながら「あのトレーナーさんが連れてるヌメルゴン、可愛いね」とか「今度またキャンプしようね」とか、私が一方的にフーディンへ喋りかけながら歩いていた。いつものことだ。
 自宅に戻ると、ちょうど十五時を過ぎたところだった。歩き回ったし小腹が空いてくる頃だな、と思いながら飲み物を取るために冷蔵庫を開ける。おいしいみずのボトルを手に取ろうとして、数日前に買ったかぼちゃプリンがひとつ残っているのが目に入った。三個でひとつのセットになっているものを買って、ふたりでそれぞれ食べた。それのあまりだ。

「フーディン、おやつ食べる?」

 尋ねれば、瞑想していたフーディンは瞼を開けるとこちらを見て頷いた。とても寡黙で甘えてくるタイプではない彼とバトル以外でも共に過ごす機会を作るため、一日の中に必ずおやつの時間を設けている。呼びかければ瞑想の途中でも食べに来るくらいにはフーディンもおやつを楽しみにしているらしい。いそいそとテーブルについた。
 フタを取って、フーディンの前にかぼちゃプリンを置いた。スプーンは用意する必要がない。なぜならフーディンは自前の食事用スプーンを持っているから。常時手に持っているものとは別物のようだ。彼のこだわりなのだろうか。銀色のスプーンでかぼちゃプリンを掬って口へ運ぶ様子を微笑ましく見守っていると、不意にフーディンが私に視線を向けた。

「どうしたの? お水飲みたい?」

 冷蔵庫から取り出したおいしいみずをグラスに注いでいたところだったので、飲みたいのかと思ったが違ったらしい。フーディンはふるふると首を横に振り、かぼちゃプリンと私の顔を交互に見遣る。その仕草でようやく私は彼が何を伝えたいのか察した。たぶん「の分のプリンは無いのか?」……いや、違う。「は食べなくていいのか?」だ。フーディンは生まれてから現在に至るまでのことをすべて記憶しているから、数日前一緒に三個入りのかぼちゃプリンを買いに行った時のことも、ふたりでひとつずつ食べていたこと、必然的に自分に与えられた分が最後のひとつになることも理解しているのだ。

「うん、フーディンが食べて。今日はたくさんバトル頑張ってくれたし」

 それに、フーディンはかぼちゃプリンをすごく気に入っているようで。初めて食べた時なんか、私が「おいしいねー」などと話しかけているうちに完食していた。態度には出ないけれど好きなんだろうな、と思ったのを憶えている。
 私の言葉を受け、フーディンはかぼちゃプリンへと視線を移した。それから手にしたスプーンをぷすりと突き立てる。そのまま掬い上げられたプリンは形を崩し、ひとくち分だけがスプーンの上に納まった。フーディンはそれを己の口元へ——ではなく、私へと差し出してきたのだ。

「えっと……私にくれるの?」

 フーディンはまたもやこくりと頷く。分けてくれるにしても、手ずから食べさせてもらうのはなんだか照れくさい。私がもじもじしていると、フーディンはもう一度スプーンをずいと差し出した。早く食べろということだろう。ずっと腕を持ち上げさせるのも悪い。私は意を決して、口を開いた。
 かぼちゃプリンは舌の上でふにゃりととろける。口に広がるたまごの優しい風味と、かぼちゃのほんのりとした甘さ。バニラビーンズの香りが鼻に抜けていく。カラメルは一瞬甘ったるいと思ったけれど、すぐさまほろ苦さを残して消えていく。ほっぺたが落ちそう、とはこんな味のことを言うのだろう。
 ……あれ? 私は首を傾げた。

「このかぼちゃプリン、こんなにおいしかったっけ?」

 こんな言い方では誤解されてしまいそうだが、数日前に同じものを食べた時は「市販品の中ではかなりおいしい」と感じた。けれど今、「何度も味を思い出して、また食べたいと思ってしまうようなおいしさ」に塗り替えられた。なぜなのだろう。三つセットのうちのひとつだから品質に差があるとは考えにくい。強いて言うならば、今日はフーディンが食べさせてくれたくらいだけれど。

「……フーディンに食べさせてもらったから、こんなにおいしいのかなあ」

 言った後に恥ずかしくなり、「なんてね」と付け加えて誤魔化そうと思ったのだが。あのフーディンが嬉しそうに笑ったものだから、私は二の句を継げなくなってしまった。隠し切れないくらいに顔が熱い。
 ふたりでひとつのおやつをシェアするのも、たまにはいいかもしれない。次は私がフーディンに食べさせてあげようか。……なんてね。
 後日、「フーディン手製のスプーンで食べ物を食べるとなんでもおいしく感じる」のだと知って、また自分の言葉に恥ずかしくなったのは別の話。


20231016